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平安絵巻編「名の由来を語る者」(11)

こちらの小説は平安絵巻編「名の由来を語る者」(10)の続きとなっております。





「幼き頃の倫子(りんし)は、道長を見てどう思ったのか。」


藤華姫を落ち着かせるために、主が話の続きを促された。
こちらの様子にお気づきになられた藤華姫が、再び私の方へ向き、お話を続けてくださった。


「ミヤマ、ごめんなさい。えぇと・・・あっ、そうそう、道長を初めて見た時は、何の前触れもなく表れたから心臓が止まるかと思うほどビックリしたの。草を踏みしめる音とかもなく、いちなり姿が現れたら誰でもびっくりすると思うんだけど・・・それでね、道長になぜこんなところにいるのかって聞いても、散歩してたって言うのよ。今なら不審者かなって思うけど、その時は私も小さかったし、心細かったから不審に思わなかったの。」


藤華姫は時の御方を『怪しい者』とお呼びになったが、お顔はとても優しい笑顔をなさっておられる。
おっしゃっていることとお顔が違う時、人は嘘をついていることが多いのだが、どうも藤華姫からは嘘をついておられる気配を感じ取れず、そのままお話をお聞きしていることにした。


「道長に藤の花の髪飾りがなくなったから探してるって言ったら、道長が探してくれるって言うの。だから髪飾り探しを再開しようとしたんだけど、足を怪我してるのを忘れて、思い切り踏みしめてしまったもんだから痛くて痛くて!それを見た道長が、私の前に背中をむけてしゃがんで、どうぞ、って・・・私をおんぶしてくれたの。」


頬を桃色に染めながらお話になる藤華姫。
藤華姫を優しいお顔で見守っておられる時の御方。
この時の御二方の気の、なんとあたたかく柔らかいことか・・・。


「私はてっきり、髪飾りを探しながら歩いてくれるのかと思ったんだけど、道長はどんどんお邸に向かうの。髪飾りを探さなきゃって言っても、聞いてくれなくてね。でも、怪我したところはどんどん痛くなってくるから、さすがの私でも道長を振り払えなかったのよ。」


藤華姫はご自身のことをよくご存じでおられる。
お怪我をされておられなければ、藤華姫が時の御方を振り払うなど造作もないことであったはずだ。


「もうすぐでお邸に着くってところで、道長が話し始めたの。『すぐにお迎えに行くから待っててね、誰のお嫁さんにもならないでね』って。・・・まぁ、私も小さかったから、言ってることがよくわからないまま、うんって言っちゃったんだけどね。」

「倫子、お主はよく考えずに言葉を返したのか。」

「うん、まぁ・・・そういうことになりますかね・・・。」

「道長も道長なら、倫子も倫子だのう。」

「まぁいいじゃない、私は大人になったら色々とわかるようになったんだし。ね?それに、その時の私は、道長がお菓子でも持って遊びに来てくれるくらいの感じで考えてたんだけど、道長ってばなかなか来ないのよ!」

「何故でございましょう?道長様であれば、次の朝には倫子様のもとへいらっしゃりそうなのですが・・・。」

「理由は簡単で、私の名前を知らなかったからなの!私に名前を聞かないから、てっきりとっくに私の名前も家も知ってるもんだとばかり思ってたのに!そこから何年かかったのかしら!ねぇ、晴明さん?」

「あれは確か十年近かったと思うが・・・。」

「そう、10年かかったのよ!その10年の間には、藤原家の末息子が、藤の花の姫を探してるって噂になってたんだけど、まさか私のことだと思ってなかったし、私は私でそろそろ誰かと結婚しないといけないのかなって時に、やっと道長が来たのよ!」

「道長様はどのようにして倫子様をお探しになられたのでございますか?」

「清明に手伝ってもらったんだよ!」


時の御方は自慢げなお顔でそうおっしゃっておられるが・・・。


「求婚相手の姫君のお名前をお聞きにならずに、どのようにお探しになるおつもりでおられたのですか?」

「ミヤマ、ちょっと怖いよ!ミヤマは清明が関わるとすーぐ怒るんだから!」

「私のことは良いのです、まさか少ない手がかりでお探しになるようとおっしゃられたのでしょうか。」

「・・・うん・・・その時の着物の柄とか、どんな話し方だったとか、乗ってきた牛車はどんなだったか、とか・・・。」

「晴明様、よくぞおわかりになられましたね。」

「あぁ、さすがに聞き覚えがあるなと思ったなぁ。この晴明の親戚だからな。間違いがあってはならんから、道長の姉上に聞きに行ったら、道長はまだ倫子を見つけておらんのかと呆れておったぞ。」

「え?オレだけわからなかったパターン?」

「てか、なんで道長は姉上に教えてもらわなかったの?」

「あぁぁぁあああぁぁそうだぁぁぁぁ!!姉さんに聞けばよかったんだ!!」

「まさか、道長様・・・お気づきになってはおられなかったのでございますか?」

「うん!今気が付いた!!」

「こんな調子だから私の名前がわからなくって、道長は私のことを藤の花の姫って呼んで探してて、それが藤華(とうか)姫って呼び名に変わったの。」

「なるほど、そういうことでございましたか。」


ようやく理由がわかった。
人の思い出というものは短いこともあれば長いこともある。
藤華姫はこの時のことを、ずいぶんと覚えておられるのだな。


「さて、ミヤマ。そろそろ帰ろうか。」


主が静かに立ち上がられたので、お話をお聞かせいただいたお礼を申し上げて、主の後ろをついて行った。
藤華姫が何やら御引き留めになろうとしてくださったのだが、主がお断りになられた。
部屋を後にすると、何やら騒がしくなってきた。きっと時の御方が藤の華を愛でておられるのだろうと、主が小さな声でお聞かせくださった。

主とともに邸へ戻り、気になっていることをお聞きしてみた。


「晴明様、道長様はなぜ、藤原家の庭で倫子様を見つけることができたのでしょうか。」

「道長は、庭で鬼ごっこをしておった人数が減ったと気が付いたんじゃ。おかしいと思った道長が、その者達の話から、髪飾り探しはほどほどに逃げてしまったとわかり、倫子を探しわまったそうだ。道長が申すには、倫子を初めて見た時から気になっておったが、倫子だけが髪飾りを探し続けておったことに道長は心を奪われ、倫子だけを迎え入れると決めたそうだ。」

「そうだったのでございますか。」

「そのあとはミヤマもよく知っておるように、道長は倫子の他に側室も持たず、どこにも立ち寄らずに倫子のもとへ帰っておるのだ。」


方違え(かたたがえ)をいいことに、あちらこちらの姫と夜を明かす公達も多くいるなか、時の御方は愛しい藤華姫の元へとお戻りになられる。
私にとっては見慣れた景色であり、京の都に数多おられる姫君にとっては苦々しい光景であろうが、御二方には時を紡いで結ばれておられるため、どなたも御二方の間に入ることができないのであろう。


「倫子様は道長様をお待ちになっておられたのでしょうか。」

「ミヤマはなぜそう思う。」

「道長様が倫子様をお迎えになられるまで十年かかったとおっしゃっていたので、倫子様も藤原家のお庭での約束を覚えておられたのではないかと。」

「さぁ、それは倫子にしかわからぬし、道長のみが聞くのを許される問いであろうなぁ。」


主の笑い声が、とても機嫌が良いとわかる。
主はきっと答えをご存知だ。
主のこの笑い声からして、藤華姫は時の御方がお迎えになられるのをずっとお待ちになっておられたのであろう。

人の短き時間の中で、十年はとても長く感じたことだろう。
大切な時を費やし、ようやく表れた時の御方をご覧になった時、藤華姫はどのようなお顔をなさったのだろう。
長き時を経て、ようやく見つけた藤華姫とお会いになられた時、時の御方はどれほど嬉しかったのであろうか。

これまで、なぜ御二方の絆があれほど強いのかわからずにきたが、藤の扇が縁となり、僅かばかりだが、御二方のことをわかったように思える。



その名を呼ぶものシリーズ
平安絵巻編「名の由来を語る者」







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